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『MOTHER CALL』 1

「それでは五月二十四日、夕方の申し送りを始めます」
 師長の号令で、林産婦人科クリニック・入院病棟の打ち合わせが詰所で始まった。
 本日の外来の診察は終了。検診に訪れた出産予定日真間近の患者の様子を、夜間勤務の看護師に伝える。出産は昼も夜もない。何時でも最善の準備で、患者を迎えなければならないのだ。
「師長、今日は出産予定日の患者は無しですね?」
 質問したのは、今夜の夜勤当番・藤澤弥生だ。看護学校を卒業し、このクリニックに入職して十年。そろそろ後輩も増えてきた。
「そうね、予定の患者は無し。ところで坂本と夏川はどうしたの?」
顔を見合わせる看護師達。確かにその二人だけがいない。
「夜勤者二人がいないんじゃ、申し送りにならないじゃない」
(うわ、智美何やってんの。師長が怒ったらどうすんのよ……。)
 弥生はまだ席についていない同僚にやきもきした。
「すみません、遅れました」
 詰所の扉を勢いよく開けて入ってきたのは、弥生の今夜のパートナー、同期の坂本智美だ。智美の後ろに隠れるように立っているのは、この春入職したばかりの新人ナース・夏川しのぶ。
「二人とも何していたの。申し送りの時間は厳守だって分かっているの?」
「すみません。でも夏川が」
「夏川がまた何かやったの?」
 半ば呆れ顔の師長。最近はこの台詞が増えてきた。脅えた弥生は下を向いて自分の気配を消すという、効果があるのかどうか全く分からない努力をした。
「師長、聞いて下さいよ。夏川ったら数が数えられないんですよ?」
「は? どういう事?」
 バツが悪そうに俯くしのぶ。構わずに智美は続ける。
「今日最後に受診に来た外来の患者さんへ、ピルの飲み方の説明をさせたんですけど、例えば八錠目は何月何日に飲むとか、具体的に日付けが出てこないんですよ。恥ずかしいったら。どう思います?」
「それは……」
 智美の勢いで、詰所の空気が淀んだ気がした。しのぶはいつも、こんな調子で智美に怒られている。
「ま、まあ、咄嗟に出てこないなんて私達でもよくある事じゃない。智美も夏川さんも早く席について」
 いたたまれなくなった弥生は、つい助け舟を出す。
「弥生はいつもそうやって、この子を甘やかす。最初が肝心なのよ」
「もうよろしい!」
 師長の一喝に、全員がすくみあがった。
「新人教育大いに結構。けれど看護師は時間厳守と報告が第一! 坂本分かった?」
「はい……」
「すみませんでしたあ」
 うなだれて智美は腰かけた。その隙にちゃっかりと自分の席につくしのぶ。
「それでは申し送りを再開します。再度確認しますが今夜の夜間勤務者は、藤澤・坂本の二名。準看の夏川は、今夜初めての夜勤なので、補助要員として入ります」
 弥生の職場はベッド数が十床、個人経営の産婦人科クリニックだ。夜勤シフトは通常二名で行う。今夜は看護師三名、ドクターは院長である林忠志一名の体制だ。
「藤澤さん、入院患者さんは一人だけだし、今夜はのんびり出来そうですね」
 申し送りが終わりメモをチェックしていた弥生は、しのぶに話し掛かけられ笑顔で応えた。
「そうね。今夜はゆっくり色々教えられると思うわ」
「藤澤さんって優しいから、私好きです」
「優しくなくて悪かったわね」
 横から聞こえた智美の呟きに、弥生はこの後の勤務の平穏無事を祈らずにはいられなかった。
「今夜は、暇なんて言っていられないかもよ」
 含み笑いの師長。弥生ら夜勤者三人を見ながら、意味ありげに続ける。
「『新人が入ると現場が荒れる』って言うからねえ……」
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