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『MOTHER CALL』 3

  *

「それで藤澤さんは、一階で患者さんと一緒だった訳ですね?」
「はい……」
 朝八時。林産婦人科クリニックは、本日の外来は臨時休院となった。殺人事件が起こったからだ。新人が入ると荒れるとは言うが、ここまで荒れるのは想定外。
 死んだのは、夏川しのぶ。まさに〈新人看護師〉だ。首から下げていた聴診器で絞殺され、二階分娩室近くの廊下で倒れていた。聴診器から指紋は特定出来なかった。
 第一発見者は、看護師の坂本智美。智美は空き病室で、刑事から事情聴取を受けている。弥生も同じ様にこうして別室で取り調べ中だ。
 初老の男性刑事は、手帳を見ながら弥生に問い掛ける。
「ところで聞かせてもらえませんか? 看護師さんと言うのは、いつも手袋や薬をポケットに入れているものなのですかね?」
「その看護師にもよるし、状況によるかも知れません。事実昨夜はバタバタしていましたし」
 智美のナース服のポケットから、未使用の手術用手袋と薬が見付かったのだそうだ。
「ジアゼパムの5mg錠が二つ……安定剤の一種ですよね? 何故産科でこんな薬が?」
「それはドクターの指示で処方されます。ポケットに入っていたのは、何故かは分かりません」
 智美の馬鹿。弥生は心の中で罵る。昨夜階段で拾ったのはこの薬だったのだ。
 ジアゼパムは幅広く使われる薬だ。術前術後に緊張する入院患者に投与されたり、更年期障害等で精神的に不安定な患者に処方されたりもする。
 昨夜の恐ろしい程の忙しさ。智美は夜勤明けにぐっすり眠りたかったに違いない。普通の人なら一錠で充分な安眠効果がある。薬品庫に行った時に目に留まり、咄嗟に持ってきたのだろう。長年の付き合いから、弥生はそう直感した。
「しかしジアゼパムは注射ならともかく、飲んだからと言って直ちに眠るような薬ではありませんし、無理があるような気がします。それにいつどうやって飲ませるのか分かりません」
「ほう?」片眉を上げる刑事。馬鹿にされているような気分だ。
 智美の状況は最悪だ。薬、手袋。同じ職場の先輩と後輩。動機……。
 その時ノック音が鳴り響いた。院内で訊き込みをしていた部下が報告に来たのだ。
「坂本智美、アリバイあります。入院患者の一人が、廊下を走る坂本智美に声をかけようと後ろをつけていたそうです」
「どうしてだ? その患者は坂本をつける必要があるのか?」
「あの……」
 遠慮がちに弥生が声をあげた。
「授乳の為、じゃないかと思います」
「授乳? お母さんがおっぱいをあげるあれですか」
「はい。うちの病棟では、ベビーの誘拐などがないように、新生児室、授乳室は詰所を通らないと入れません。詰所を無人にする時は、必ず施錠するのが決まりになっているのです。多分患者さんは、授乳をしに詰所に行ったら入れなくて、それで看護師を探したんじゃないかと……」
 ふむ、と刑事は頷いた。報告を終えた部下に、改めて話を聞いてくるよう指示をすると、弥生に再び向き合う。
「じゃあ詰所は赤ちゃんだけだった訳だ。鍵は何本ですか?」
「二本です。私と坂本さんが所持していました」
「成る程。貴女は患者さんと一緒。貴女から見て、坂本さんと夏川さんの関係はどう見えましたかね?」
「別に……普通の先輩と後輩だと思います。夏川さんがうちに来てから、二ヶ月も経っていません。激しい確執があったとは思えません」
 言葉の通りだ。しのぶはせいぜい仕事の覚えが遅いくらいで、智美は言葉こそキツイが人柄は悪くない。うちの職員には、しのぶを殺したい程の動機を持つ人間はいない筈だ。
 バリバリと頭を掻くと、刑事は困ったような顔をしなから、取り調べを終えた。

  *

「分からないんですよ……あの後も聞き込みを続けた結果、坂本智美は完全なシロでした」
「はあ……」
 次の日、弥生はまたあの刑事に、クリニックに来るよう呼び出しを受けた。
「監察の結果、直接の死因は頚部圧迫による窒息なんですが、左腕静脈に注射跡があった。血管がボロボロだったから、暴れたのかも知れないなあ」
「…………」
 白髪頭の刑事は、頭を掻きながら続ける。
「それで血液を調べたら、手術に使う麻酔の類いの成分が検出されたんですよ。エルゴメトリン。どういう事なんでしょうなあ」
「……何をおっしゃりたいんですか?」
「いや、言葉通りですよ。どう思います?」
 刑事の目は、弥生の表情の変化を逃すまいと鋭く光っている。
「貴女、昨日ジアゼパムの事についても言及していましたし、何か病院関係者でないと分からない薬なんかがあるんでしょうかね」
 弥生は憤慨した。そんな事は少し薬識があれば誰でも分かる事だ。わざと怒らせて何を言わせたいのか。
「あの」
 荒げた弥生の声に被せる様に聞こえる、訪問者がドアを叩く音。刑事の舌打ちも聞こえたような気がしたが。ノックの主は入院担当の事務職員だった。
「藤澤さんに聞きたい事があって。急ぎなんですけどいいですか?」
 刑事は頷き、弥生はその場で話を聞く事になった。
 事務職員の話は、産業廃棄物の数がカルテと合わない、記入漏れか? と言う内容だった。
「そんな訳無い。使用薬剤は全部記入してるわ」
「でもこの患者さん、裂傷も切開もないですよ?」
 思わずカルテを覗き込む。
「ああ、この方は墜落産だったから……」
「ついらくさん? 何ですか? それは」
 それまで黙って聞いていた刑事が、口を挟んできた。事務職員が懇切丁寧に説明してくれる。
「墜落産と言うのは、院外で出産して運ばれてきた時にレセプトに書く、但し書きです。そうじゃないと医師が臍の緒を切っているのに、医療診療報酬上、不適当に……」
(墜落産。)
(そうか。)
 弥生は、全ての出来事が繋がったと思った。馬鹿にされる覚悟で自分の考えを話す。刑事は驚きながらも、裏付けを急ぐ、と言って慌てて駆け出していった――。

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竹の子書房社員・水崎沙亜乃の竹の子書房用作品倉庫。
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